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マトリックス徹底分析

(ネタバレ注意!)映画『マトリックス』『マトリックス・リローデッド』『マトリックス・レボリューションズ』3部作の粗筋と完全分析

 『マトリックス・レザレクションズ』が公開されるということで、18年前に書いたページを復活させます。まだ映画(3部作)を観ていないという人は読まないでください。200%ネタバレが含まれています。

 ハリウッド映画には昔から、映画をひとつの詩と捉え、様々な象徴や暗号を台詞や小道具に埋め込むという風潮があります。つまり、メインストーリーの他に、読み取れる人だけが理解できるサブメッセージがあるということです。これは、聖書をはじめとした数多くの神話の伝統であり、物語に出てくる数字や出来事に象徴的な意味を込め、カバリストなどのような一部の秘儀参入者に伝達するという手法なのです。

 従って、視聴者によって、同じ映画を見ても、何通りもの理解の仕方があるということです。象徴的な意味を持つ典型的な映画が『スター・ウォーズ』でしょう。他にも『タイタニック』など数多くのものがあります。日本アニメの宮崎駿作品にもその傾向が見られるものがあり、『風の谷のナウシカ』などがそのいい例で、特に全7巻に渡るコミック版では、絵の中に多くの象徴が見られます。

 マトリックス・シリーズは、その象徴性がかなり表面的に出てきている映画といえるでしょう。ごく一般の視聴者にも、「何か深い意味があるのではないか」という疑問を抱かせ、様々な分析本が出、『スター・ウォーズ』以来のカルト的側面を見せています。ニューエイジャーの間でも、霊的なメッセージが込められていると、特に欧米では注目されています。

 そこで、映画好きで、自らもストーリーテラーである伯宮幸明が、この、新世紀の多次元的叙事詩である作品に関して、スピリチュアルな側面と、物語制作という双方の側面から、一言語ることにしました。

マトリックスの謎!!

マトリックスが意味するものは?
ネオとは何者なのか?
スミスとは何者なのか? 
マトリックスを設計したアーキテクトとは何者か?

マトリックスとは何か!

表記の解説
「マトリックス」:映画マトリックス・シリーズ全体を指す。
『マトリックス1』:映画マトリックス・シリーズの第一作を指す。
マトリックス:映画の中の仮想現実世界を指す。

 「マトリックス」を理解するのは容易ではない。数多くのシンボルが複雑に絡み合い、重層的なメタファーを構築している。ストーリーの流れも一回見ただけではよくわからない。
 そこで、まずはじめに、物語の全体像を掴んでみたいと思う。

ネオが登場する前の話

 最初の物語は、三部作の会話の断片を組み合わせたものと、『アニマトリックス』から概要を知ることができる。
 テクノロジーの発達に伴い、21世紀初頭、人類はいよいよ人工知能を生み出した。そしてそのロボットたちに肉体労働の多くを任せるようになった。ロボットたちは奴隷のように扱われ、また、かつて黒人が受けたような差別や暴力を人間から受けるようになる。やがて、ロボットは反乱を起こす。人間社会から独立し、ゼロ・ワンという国家を建設する。ゼロ・ワン国大使が国連を訪れ、人類と機械の共存を提案するが、人類が拒否して大使を虐殺する。人工知能と人間との間に戦争が始まる。戦争の過程で、人間は機械の動力源である太陽光を奪う。結局戦争はロボットの勝利として終結するが、機械は新しいエネルギー源を考え出さなければならなかった。そこで発見されたのが、人間を電池としてエネルギー源にする方法だ。この時点で新しい形の文明がスタートする。支配者は高度に進化した人工知能であり、人間はあくまでも彼らのエネルギー源となるために培養されるようになる。このシステムを維持するために、人工知能はマトリックスというものを編み出した。それは眠っている人間に仮想現実空間を提供することだ。人間はあたかも実際に生きているかのように、五感のすべてで感じながらそのヴァーチャル・リアリティー世界を体験する。誰もが自分が多くの管につながれてポッドの中で眠っているとは気づかない。みなこの夢を現実として受け止めている。

 最初のマトリックスは完璧なもので、すべてが思い通りにいく理想的な世界だった。しかし、これは長く続かず、新しい形のマトリックスが作られた。より人間の性質に合わせ、痛みや苦痛も存在する世界にしたのだ。つまり現代の地球に存在する世界に限りなく近いものだ。マトリックスはそのような形で、合計5回作り変えられ、ようやく6度目のものができる。

 実は、マトリックスの中に毎回特殊な存在が生まれている。マトリックスを自分の思い通りに組み替えることのできる超人的人物だ。その救世主は、他の人間たちを目覚めさせ、真実を伝える。解放された人間たちは反逆者として、機械と戦うようになる。彼らはザイオンという地下都市に身を潜め、ホーバークラフトに乗って外の世界を移動する。ホーバークラフトにはコンピューターが設置されており、ある装置を使ってマトリックスに侵入することもできる。

 しかし、やがてザイオンは滅ぼされ、新しいものが再建され、マトリックスも同様に作り変えられる。実は救世主がそれにも関係しているのだが、今までそうやって5つの世界が5人の救世主と共に作り変えられてきた。

 6度目のザイオンが再建されてからも、人口は増え、反逆者たちはマトリックスに侵入し、他の人類をも解放しようと活動する。反逆者たちは様々なシミュレーション・プログラムを使い、マトリックス内において特殊な能力を発揮できるようになる。格闘技の達人で、ビルからビルへとジャンプして移動できたりもする。マトリックス内で生活している普通の人間に比べたら超人的だ。だが、機械側は、彼らを捕まえるために、エージェントというプログラムをマトリックスの中に作り出した。エージェントは様々な人間に乗り移ることができ、彼らも格闘技の達人である。反逆者よりも強くプログラムされており、優れた格闘能力を持つ反逆者たちもエージェントには適わない。従って、エージェントに見つかった場合、反逆者は逃げるしかない。外の世界に出るためには、近くにある電話機まで行き、ホーバークラフト内で彼らの行動を操作しているオペレーターからの電話を受けなければならない。もし逃げ切ることができずにエージェントに捕まって殺された場合、ホーバークラフトにある肉体も死を迎えることになる。

 さて、ザイオンにはひとつの預言がある。それは最初に人類を解放した救世主が再び現れ、機械と人類の戦争を終らせ、マトリックスも破壊し、人類をみな自由にするというものだ。ただ、ザイオンの人々は今までの歴史の詳細は知らず、現在が6度目のザイオンで、すべて人工知能によってコントロールされてきたということも知らない。

 ホーバークラフトのひとつであるネブカドネザル号の船長モーフィアスは、その預言を狂信的に信じている人の一人だ。実際、ザイオンのみなが信じているわけではなく、信じていない人もたくさんいる。ただ、モーフィアスは救世主の到来を確信していて、その人物をマトリックス内に見つける。トーマス・アンダーソンという男で昼間はソフトウエア会社に勤務している。ただ夜はネオというニックネームを持つハッカーとして活動する。モーフィアスはネオに接触するために部下のトリニティーをマトリックス内に送り込む。

ネオの登場

 『マトリックス1』はこの時点から始まる。トリニティーはネオに接触し、やがてモーフィアスと面会させる。モーフィアスはネオに真実を告げ、ネオは自分がポッドの中で培養されている現実に引き戻される。周りには何万という数のポッドがある。ネオはネブカドネザル号に救出され、その中で訓練を受ける。モーフィアスたちはマトリックスと同じような仮想現実空間を作り出すゲームソフトのようなものを持っていて、訓練はそのシミュレーション・プログラムで行われる。ネオはモーフィアスからカンフーの指導を受ける。最初のうちはモーフィアスに全く太刀打ちできないのだが、ネオは覚えが早くどんどん腕を上げていく。モーフィアスによると、ネオは唯一エージェントとまともに戦える存在になるという。

 救世主のことを預言した預言者オラクルはマトリックスの中にいて、ある日モーフィアスはネオをオラクルの所に連れて行く。しかし、オラクルはネオは救世主ではないと言う。資質はあるが、何かを待っているようだと。ただ、これに関してオラクルははっきりと言わない。モーフィアスがネオが救世主であることを強く信じていて、モーフィアスなしでは自分たちが負けてしまうというような謎めいたことを言う。

 ネブカドネザル号の乗組員であるサイファーは赤いピルを飲んで真実に目覚めたことを後悔している。現実の生活よりも、マトリックス内の生活のほうがより楽しいからだ。たとえ、仮想だとわかっていても、そこに存在する様々な物質的快楽は捨てがたいものがある。そこで、彼は記憶を消しマトリックスに戻してもらうという見返りを条件に、エージェントと取引をする。エージェントにモーフィアスを明け渡すことにしたのだ。その策略にはまったモーフィアスたちは、エージェントに居場所を突き止められる。モーフィアスはネオを救うために、勝てないとわかっているのにエージェントと戦う。ネオたちは無事マトリックスを脱出できるのだが、モーフィアスは捕まってしまう。

 モーフィアスはエージェントから拷問を受け、ザイオンへのアクセスコードをはかされそうになる。少しずつ自分の力が信じられるようになってきたネオは他のメンバーの反対を押し切ってモーフィアスを救出しにマトリックスへ侵入する。トリニティもそれに同行する。エージェントたちがモーフィアスを監禁しているビルに侵入すると、ネオたちは警備員との間に激しい銃撃戦を展開させる。警備員たちを倒したネオはやがてエージェントと戦うことになるが、エージェントたちと同じように、自由自在に体を動かして銃弾をかわすことができるようになる。ネオとトリニティは何とかモーフィアスを救出する。モーフィアス、トリニティの順番にマトリックスを脱出するが、ネオの番になった時にエージェントの主犯格であるスミスが現れ、ネオはスミスと格闘する。モーフィアスでもスミスには圧倒的な力の差を見せつけられたのに、ネオはほぼ互角に戦う。しかし、まだ力が足りず最終的にはスミスに撃ち殺されてしまう。

 その途端ホーバークラフト上に残されたネオの肉体も死を迎える。救世主の死にモーフィアスをはじめ乗組員はみな悲しむ。しかし、トリニティは納得がいかない。なぜなら、オラクルからもうひとつの預言を聞いているからだ。それは彼女が恋に落ちる相手こそ救世主であるというものだ。トリニティはネオの耳元でその事実を告げ、「愛している」と言う。そして彼にキスをする。

 その直後、ネオは息を吹き返す。マトリックス内のネオも起き上がる。しかし今度は何かが違う。エージェントから放たれた弾丸をかざした手だけで止めてしまう。スミスが攻めてきたが、片手だけで倒してしまう。彼のカンフーの腕前は、完全にエージェントのものを上回った。次の瞬間、ネオはスミスの体に入り込み、そのまま光を発してスミスを破壊してしまう。今まで誰も倒すことのできなかったエージェントを、ネオはついに倒したのだ。

 映画の最後でネオはスーパーマンのごとく空を飛ぶ。
 『マトリックス1』は、救世主誕生の物語だ。トーマス・アンダーソンという男がマトリックスから目覚め、反逆者に加わり、救世主としての超人的な力を身に付けるようになるまでの話である。

その後

 『リローデッド』と『レボリューションズ』ではその後の展開が描かれている。現実の世界、つまり2197年の世界では、(マトリックス内は1999年の世界)太陽光線は遮断され、すべてが暗黒の世界だ。地上は人工知能が支配し、センチネルというイカ型ロボットが飛行している。彼らは人間を攻撃するために作られた戦闘ロボットだ。ザイオンは地底の奥深くに存在し、そこを出る時は、人間はホーバークラフトで移動する。ホーバークラフトの乗組員たちはザイオンの戦士たちで、彼らは時々マトリックス内に侵入して会議を行う。ホーバークラフトは何隻もあり、それぞれネブカドネザル号、ロゴス号、オシリス号などという名があり、ネブカドネザル号の乗組員がモーフィアス、ネオ、トリニティなどである。

 ネオたちはザイオンに行く。ザイオンには約25万人の住民が暮らしていて、共同体の方向性を決定する評議会や、軍隊的機能を果しているホーバークラフト乗組員組織などがある。住民の中にはネオを救世主として拝める人もいれば、まだその存在を認めていない人もいる。ホーバークラフト乗組員組織の指揮官であるロック司令官は、信じていない人の一人だ。実は、センチネルの大群がザイオンに向かっていて、ザイオンは危機に瀕している。それを救えるのはネオしかいないとモーフィアスは言うのだが、ロックは妄想にとらわれている狂人の戯言としか受け取らない。ただ、評議会のメンバーであるハーマン評議員は、モーフィアスの言うことを半分信じていて、モーフィアスの行動を許可する。

 ネオは救世主として何をしたらいいのか尋ねに、マトリックス内のオラクルに会いに行く。オラクルも結局のところプログラムの一種で、システムの一部であることが判明する。そんなオラクルの言うことを信用できるのかという疑問をネオは持つが、オラクルはすべてはネオの選択だと言う。いずれにしても、オラクルはネオにこう言う。「ザイオンを救いたければ、ソース(源)に行かなければならない。そしてそのためにはキーメイカーに会わなければならない。でもキーメイカーはメロビンジアンという危険なプログラムに捕まっているから、まずその男の所に行かなければならない」

 第一作でネオに倒されたエージェント・スミスは復活していた。通常任務に失敗したプログラムは削除されなければならないのだが、スミスはそれを拒否し、システムから独立し、流浪者となる。ネオが彼の体に入った時に、彼の一部がコピーされたのかは定かではないが、スミスはネオの一部を受け継ぎ、特殊な能力を身に付ける。自分自身を無限にコピーできる能力だ。出会う人出会う人を自分に変え、ウィルスのように増殖していく。

 ネオは大勢のスミスと格闘し、やがてその場を飛び立って逃げる。
 ネオはモーフィアスとトリニティと共に、メロビンジアンに会いに行く。メロビンジアンはキーメイカーを引き渡すことを拒否するが、彼の浮気に嫉妬した妻のパーセフォニーは違った行動に出る。彼女はネオたちをキーメイカーの所に連れていく。ネオたちは、メロビンジアンの手下たちと一戦交えるが、やがてキーメイカーを連れ出すことに成功する。

 キーメイカーによると、あるビルに、エレベーターも階段も通じていない特殊な階が存在し、その中にソースに通じるドアがあるという。
 ネオとモーフィアスとキーメイカーはその階に侵入する。ただ、ソースへのドアは特殊なセキュリティ・システムで守られていて、ドアを開けると同時に爆発するようになっている。そのシステムの電源を遮断するために他のメンバーもマトリックスへ侵入したのだが、そのうちの何人かの肉体が残っているホーバークラフトがセンチネルに襲われ、本体が死んでしまう。マトリックス内にいた分身たちも自動的に倒れる。代わりに電源を遮断するために、トリニティがマトリックスに侵入する。彼女は無事それに成功するのだが、エージェントに撃たれてしまう。

 ネオはようやくそのドアを開ける。そこは部屋になっていて、一人の男が中央に座っている。彼は自分のことをアーキテクトと名乗る。マトリックスを設計した男だ。アーキテクトによると、過去に5つのマトリックスが存在し、ネオと同じような変則事態(アノマリー)が5人存在したという。ザイオンで救世主と信じられてきた存在とは、実のところ、マトリックスのプログラム作成に内在する不均衡等式の剰余の総和だという。ザイオンはじき滅びる運命にあり、救世主、もしくは「選ばれし者」の役割は、ソースに戻って自分が保持するコードの臨時配布を実行、基幹プログラムを再挿入することだという。その上で、マトリックスから女性16名と男性7名から成る23名の人間を選抜し、ザイオンを再建する。もし、これを行わない時には、大規模なシステムクラッシュを招き、マトリックスに接続されたすべての人間の生命を奪う結果となり、ザイオンの崩壊と合わせて人類の滅亡を意味するという。

 この時点で、ネオは、トリニティがマトリックスに侵入しエージェントに襲われている事実を知る。彼には二つの選択肢を与えられる。右のドアを開けるか左のドアを開けるかだ。右のドアはソースへと通じ、左はマトリックスへと通じる。つまり、過去のアノマリーたちが行ってきた道を取るか、人類の滅亡とトリニティの救出を選ぶか、の二つだ。

 ネオは左のドアを選び、トリニティを救出する。現実の世界に戻ったネオたちは再びセンチネルの襲撃を受ける。しかし、今度は、ネオは手をかざすだけでセンチネルを止めてしまう。だが、ネオはそのまま気を失ってしまう。

 ここまでが『リローデッド』の話だ。

『レボリューションズ』

 ネオの意識はマトリックスと機械世界の中間世界に幽閉されてしまう。地下鉄の駅のような所で、マトリックスへは地下鉄に乗って行けるのだが、トレインマンの許可がないと行けない。トレインマンとはメロビンジアンの手下である。

 モーフィアスとトリニティはオラクルに呼ばれて、マトリックスへ彼女に会いに行く。そこでネオが中間世界にいることを知る。モーフィアスたちはオラクルの護衛をしていたセラフと共に、メロビンジアンの所に行く。ネオの解放を要求するが、メロビンジアンは交換条件としてオラクルの目を要求する。結局モーフィアスたちは力ずくでネオを救出することになる。

 救出されると、ネオはオラクルの所に行く。そこで、なぜ自分が現実世界でセンチネルを手をかざすだけで倒すことができたのかを、知る。オラクルによると、ネオの救世主としての力が、マトリックスを超越して働くようになったという。ただ、まだ彼が完全に準備ができていなかったので、気絶し、意識が中間世界に幽閉されることになったと。スミスとはネオ自身であり、ネオの対極であるという。彼はどんどん力を増強させ、やがてマトリックスを破壊してしまうという。それだけではおさまらず、ザイオンも機械世界もすべて崩壊させるだろうと。始まりがあるものには、すべて終わりがあり、いずれにしても、すべては新しい局面を迎えるという。スミスが統治する世界かネオが統治する世界かのどちらかに。そこで、ネオはソースに行かなければならないという。

 ネブカドネザル号は『リローデッド』の最後にセンチネルに破壊されてしまう。それで乗組員はハンマー号に乗せてもらうことになったのだが、やがてハンマー号はロゴス号を見つけ、ナイオビの無事を確認する。ナイオビというのはロゴス号の船長で、モーフィアスの昔の恋人だ。今はロック司令官と付き合っているのだが、『リローデッド』の途中から気持ちがモーフィアスに動き始めている。これでホーバクラフトが二隻、船長が三人そろうわけだが、みんなで作戦会議を開く。結局ネオがロゴス号を借りて機械の中枢であるマシーン・シティに行くことになる。トリニティはネオに同行する。残りのメンバーはみなハンマー号に乗り、ナイオビの操縦でザイオンへ向かう。

 『リローデッド』の途中でスミスは、カデューシャス号の乗組員ベインがマトリックス内に侵入している時に、自分をコピーし、ザイオンに侵入していた。スミスに乗り移られたベインは作戦中に、自ら失敗を招き、乗組員たちをみな死に至らせる。ベインは気絶した状態でハンマー号に見つけられ、ネオの対極に寝かされていた。意識を取り戻した時に問い詰められたのだが、何も覚えていないと白を切る。しかし他のメンバーがいない間に乗組員の一人を殺害し、ネオとトリニティの乗ったロゴス号に侵入する。そこでネオと戦うのだが、ネオはようやくスミスがベインに乗り移っていることに気づく。激しい死闘の後、ネオはベインを倒す。

 ザイオンは戦闘態勢についていた。人間が乗って操縦できる巨大なサイボーグ・マシーンをそろえ、センチネルの攻撃に備えた。やがてセンチネルが大群となって攻めてくる。サイボーグ・マシーンの両腕から機関銃のように弾丸が発射され、センチネルを総攻撃する。しかしセンチネルは次々とやってきて、やがてサイボーグ・マシーンのほとんども撃退されてしまう。

 ナイオビの操縦したハンマー号は間一髪のところでザイオンに戻ってきて、唯一センチネルに有効なEMPガンを発射する。ザイオンは一旦落ち着きを取り戻し、みな再会を喜ぶが、すぐに新たなセンチネルの大軍が押し寄せる。このままでは、ザイオンがやられるのも時間の問題だ。もう、望みはマシーン・シティに向かったネオたちしかない。ただ、今までマシーン・シティに近づいたホーバークラフトで無事戻ってきたものはない。ほとんどの者が無謀な試みだと思っている中、モーフィアスだけは信仰を持ち続ける。

 ネオたちはマシーン・シティに到着する。さっそくセンチネルの大軍が攻めてくるが、ネオは手をかざすだけで倒してしまう。ただあまりにも数が多すぎるために、一旦空へと上昇する。空は分厚い雲で覆われていて、光が遮断されている。ロゴス号は雲を突っ切って上昇する。センチネルはそれ以上上へ上がることはできない。雲を通り抜けると青空が広がっている。頭上には太陽が輝き、トリニティーは感激する。しかし、彼らは地上に戻らなければならない。シーンは再び暗黒世界へ移行する。しかしネオの視界には光しか広がっていない。すべてが光でできているように見える。マシーン・シティの中心に着いた時、センチネルの攻撃を受けて、トリニティは死んでしまう。

 たった一人になったネオは、人工知能のメインフレームと対面する。彼は、スミスが強力な力を手にし、マトリックスだけでなく、機械世界にとっても脅威になっていると告げる。機械はスミスを倒せないが自分ならば倒せると。そこで彼は取引を申し出る。自分がスミスと戦う代わりに、人間との間に平和を保障てくれと。人工知能はそれに応じ、ネオをマトリックスに送り込む。

 ザイオンに侵攻したセンチネルはその瞬間に動きを停止させる。
 マトリックスでは雨がザーザー降っていて、大勢のスミスが立っている。実はネオがマトリックスを出てから、スミスは自分のコピーを増やし続けていた。ネオが中間世界の地下鉄駅で出会った少女サティーにも、オラクルにも乗り移っていた。そしてオラクルに乗り移った時、史上最強のスミスが誕生した。つまり、ネオのパワーとオラクルのパワーをも吸収したスミスだ。他のスミスたちが兵隊のように直立不動の姿勢で見守っている中、そのスーパー・スミス的存在がネオを待ち構えている。ネオはスーパー・スミスと一騎打ちをする。スーパー・スミスは以前より力を増し、ネオと同等のパワーを得た。一撃のパンチで、ネオを遠くへ吹き飛ばすこともできるようになったし、空を飛ぶこともできるようになった。ネオとスミスはほぼ互角に戦いあうが、スーパーマン同士の戦いは、ビルをゆがめさせたり、空中に水の核爆発のようなものを起こさせたりと、時空に大きな物理的変化を生じさせる。

 激しい死闘の末、ようやくスミスがネオを倒し、ネオは地面に横たわる。そこでスミスは言う。「このシーンは見たことがあるぞ。そうだ。こうして終るんだ。そう、おまえがそこに横たわっていて、そして俺が最後に何か言うんだった。確かこんな感じだった。始まりがあるものには、すべて終りがある」そう言った瞬間、スミスの顔が青ざめる。
 「そうだ、スミス。おまえの言うとおりだ」ネオは言う。「すべておまえの言うとおりだった。すべては必然なんだ」
 スミスはネオの体に手を突っ込み、自分をコピーさせる。今度はうまくいき、ネオはスミスへと変身する。
 その瞬間、人工知能のメインフレームはネオの肉体にさらに強烈な光を送る。
 スミスに変身したネオの体から光が放出し、やがて体を溶かしてしまう。すると、他のすべてのスミスからも同じように光が放たれ、溶解してしまう。雨が降り続ける中、オラクルの体が路上に横たわっている。

 またサティーも路上に横たわっていて、その前を黒猫が二度通り過ぎる。彼女の周りにあったものが消える。

 ザイオンの住民は戦争が終ったことを知る。モーフィアスを含め、全員で歓声を上げる。

 オラクルは公園のベンチに座っている。サティーとセラフもいる。そこにアーキテクトがやってくる。
「危険な賭けに出たな」アーキテクトはオラクルにそう言う。
「他の連中も自由になったの?」オラクルは訊く。
「そういうことのようだ」
「あなたの言葉を信じていいのね」
「もちろんだとも。私を人間と同じにしないでくれ。この平和は長く続くと思うかね?」
「そう思いたいわ」

 上空には輝かしい太陽がある。
「あなたが作ったの?」オラクルはサティーに訊く。
「うん。ネオのために。ネオにはまた会えるかしら」
「会えると思うわ。いつかね」

 映画は、最後に太陽をクローズアップして、終わる。

マトリックスの意味

 「マトリックス」という映画は、重層的なメタファーを持っていて、何通りかの解釈ができる。

1、マトリックスとは、高度資本主義経済システムが提供するマインドコントロールだ。

 ひとつの解釈は、現実世界とは、我々人類が高度資本主義経済システムの奴隷であり、そこに夢や幻想を与えているマインドコントロールがマトリックスである、というものだ。

 現在、先進国と呼ばれる国々に住んでいる多くの人たちは、自分たちには自由があり、社会は民主主義によって営まれていると信じている。我々にはみな選択肢が与えられ、希望する職種に就き、自由に恋愛を行い、また飲食、旅行、娯楽など、人生を楽しむこともできる。もちろん決して問題がないわけではないが、本人の努力次第では、ある程度快適な生活を送ることは可能だ。しかし、それは本当なのだろうか。我々は完全に自由なのであろうか。実際には人生には様々な制限がある。まず、第一に我々は仕事をしなければならない。仕事をしなければならないということは、経済システムに属さなければならないことで、その一番簡単な例が会社に勤めなければならないことである。みな上司の命令には従わなければならず、上司はさらに上の上司にということで、ピラミッド構造に支配されることになる。自由を求めて独立した人も、競争という現実から逃れることはできず、大企業にはなかなか太刀打ちできない。グローバル化によって巨大資本はどんどん勢力を増し、弱いものは次々に滅ぼされていっている。巨大資本は次々にテレビ局、映画スタジオ、スポーツチームなどを買収し、実質的に世の中を自分の思い通りに動かすことが可能になっている。彼らは、自分たちのさらなる利益を生み出すために都合のいい映画やテレビ番組を制作し、大衆を洗脳していく。

 『リローデッド』で、メロビンジアンというフランス人の男はこう言う。「世の中はすべて因果関係によって成り立っている。作用と反作用」彼は、ある女性を例として引き合いに出す。彼が設計したプログラムであるデザートを口にすると、彼女は肉体に変化を感じ、最終的には性的に興奮してしまう。つまり、ある反応を引き起こす刺激を与えることに成功すれば、人間などコントロール可能なのだということが言いたいのだろう。その現実の例がコマーシャルだ。広告会社は大金をかけて、心理学を駆使した効果的な宣伝を考え出す。何のために。その商品やサービスを購入したくなるような反応を呼び起こすためだ。つまり、コマーシャルというのは、まさにメロビンジアンが設計したデザートのようなものである。彼は、従って人間には選択肢などないと言う。我々もそうだろう。確かに自分たちの消費活動を強制する者などいない。我々は好きな服を買い、好きなものを食べ、好きな映画を見て、好きな場所へ旅行する。しかし、それはその前にそれを促す刺激があったからだ。それらの商品の広告に反応したのか、あるいは広告などという直接的な方法をとらなくても、テレビや映画などといった間接的な方法で刺激を与えることもできる。企業と映画のタイアッププロジェクトなどがまさにそうだ。

 なんだかんだいいながら、知らず知らずのうちに、我々はそのようなマインドコントロールにはまっているのだ。現実はさらにグロテスクだ。我々が食にしている多くものが、健全な形で生産されていない。ファクトリー・ファーミング(工場式農業)がそのいい例だ。(The Meatrix参照)大量生産という名目のもとに、家畜は狭い所の閉じ込められて培養され、農産物には大量の農薬がばら撒かれる。漁業とて変らない。養殖のシステムは工場式農業ならず工場式漁業だ。しかし、多くの人たちはその事実を知らない。食卓に並ぶ時は、見た目も美しく、味も悪くない。なぜか。ほとんどの人は都市に住み、直接農業や漁業に携わっていない。高度資本主義経済システムの中では、生産の過程を知らずとも、お金を払うことによって、食卓に並んだものだけを目にすればいいことになっているからだ。

 マトリックスとは、真実、例えばそういった食品の生産過程や、その他のビジネスの裏舞台、例えば薬品を売るためにウィルスをばら撒いたり、武器を売るために戦争を起こしたりすることを、大衆の目から逸らす働きをするものだ。それはテレビや映画などのメディアであり、政治家のレトリックだ。「真実なんて考えるな。金儲けに集中すればいいんだ。そうすれば、おいしいものが食べられて、美しい場所に旅行できて、綺麗なドレスで着飾って、人生を満喫できるんだ。最先端のコンピューターだって、高画質のテレビだって何だって手に入るぞ」というメッセージを機関銃のように放ち続けるものこそが、マトリックスなのではないだろうか。

 ネオたち反逆者は、そんなマトリックスの奴隷となっている我々に対して「目覚めろ。真実を知れ。そして本当の自由を獲得するために一緒に戦うんだ」と言っているのではないか。

2、マトリックスとは3次元の物質世界である。

 「マトリックス」という映画が宗教的色彩を帯びているというのはいうまでもない。Neoという名前が「選ばれし者」(The One)のアナグラムであり、トリニティという名前はキリスト教の三位一体から来ていて、ザイオンというのは日本語でいうとシオンのことだ。つまり、イスラエルの民に約束された地である。ストーリー全体にメシア思想が流れていることから、ユダヤ教とキリスト教の影響を強く受けていることは明らかだ。さらに、モーフィアスがネオにカンフーの指導をする時は、禅的要素がちりばめられているし、オラクルとネオのやりとりも禅問答のようだ。『レボリューションズ』では、ラーマというインド人の男がカルマの話をするシーンまで出てくる。仏教やヒンドゥー教からもコンセプトを借りていることも明らかだ。つまりはニューエイジの影響も受けているということである。それはハリウッド映画としては決して珍しいことではない。ある意味で、「マトリックス」は様々な要素の寄せ集めともいえる。コンピューター・テクノロジー、ゲームソフト、ジャパニーズ・アニメ、カンフー、ニューエイジ・スピリチュアリティー、陰謀論(エージェントのあの格好、黒のスーツにサングラスというのは、『メン・イン・ブラック』から来ているわけでも、『Xファイル』から来ているわけでもなく、その大元になっている陰謀論のメン・イン・ブラックから来ているのだろう。UFO研究家などの間ではよく知られた事実だが、宇宙人との遭遇場面には時々キャデラックに乗った黒服の男たちが登場する)。その中のひとつの大きな柱として、物語の全体に根ざしているのがスピリチュアリティーだろう。

 そこで、もうひとつ考えられるメタファーが、マトリックスというのは我々の本質である魂が一時的に体験している肉体の世界である、という解釈だ。つまり現実世界というのは霊界であり、そこには霊体としての魂が住んでいる。ただそれぞれの魂は肉体を持つことによって多くの経験をするために、地上に生まれてきている。その地上の世界がマトリックスだという考え方だ。これはモーフィアスの台詞の多くから読み取れる。肉体というのは仮の姿であり、この三次元世界で行われていることはすべて、ひとつのゲームプログラムのようなもの。そして、そのゲームの目的とは、魂を向上させ、真の自由を手に入れること。霊界にいては悟れないことが肉体を持った体験によって悟れることがあるからだ。しかし、魂は誕生と共にその記憶を失う。我々はみな、この世界がすべてであり、他には何も存在しないと思っている。多くの人は生きることに忙しく、人生の意味など考えもしない。我々はどこから来て死んだらどうなるのかなど、誰も考えない。魂を向上させるという目的を無意識の奥深くでは覚えているのだが、顕在意識レベルでは覚えていない。そしていつのまにか、全く違う方向へ歩んでしまう。

 ネオやモーフィアスたちは、そんな眠っている我々に、「目を覚ますんだ。真実を思い出すんだ。魂の目的を思い出すんだ」と叫んでいるのかもしれない。

 ニューエイジの中でもうひとつポピュラーなコンセプトが、思考は現実化するというものだ。我々が経験するすべてのことは、自分たちが作り出している。マインドが物質界に信号を送り、それが物質の反応を促し、現実が構築される。サイババなどが行う超常現象はこの法則に基づいているという。テレポーテーションなどの瞬間移動も、まず物質を原子レベルに分解し、それを別の場所に物質化するという。これは「マトリックス」のコンセプトに非常に近い。ネオの視界に広がるあの緑色のコードの集まりは、物質の原子レベルを表しているのではないだろうか。ネオがマトリックスの現実を組み替えられ、物理法則では不可能なことをやり遂げてしまうのも、超能力者が物理法則をくつがえしてしまうのと似ている。実際に、『マトリックス1』でネオがオラクルに会いに行くシーンで、他の候補者である子供たちが出てくるが、(キアヌ・リーブス主演の『リトルブッダ』で生まれ変わりの候補者である子供たちが何人か出てきたのを想起させる)そのうちの一人がスプーン曲げをやっている。そしてこう言う。「曲げようと思ったら曲がらないよ。そうじゃなくて真実を見ようとしなきゃ。スプーンはないんだ。曲がるのはスプーンじゃなく自分自身だよ」

 4次元に行くと、その法則がより強力になるという。自分が頭に描いた世界がそのまま現実化される。愛に満ち溢れた人はそのような世界を体験するし、恐怖で凝り固まっている人はそのような世界が目の前に現れるという。

 つまり、悟った人間は、ネオがマトリックスの現実を自由自在に操れるように、物質世界を思い通りにコントロールできるということだろうか。そして、4次元に移行すれば、多くの人がそれをできるようになると。

3、マトリックスとは3次元の物質世界であり、同時に高度資本主義社会の牢獄である。

 「マトリックス」の制作者は、1と2双方の意味を、マトリックスという仮想現実世界に込めたのかもしれない。つまり、マトリックスは3次元の物質世界であり、魂が一時的にいる場所。魂の真の目的は、その真実に気づき、霊性を向上させるべき本来の道を歩むこと。しかし、3次元の物質世界は同時に物質に、つまりは機械に支配された世界。彼らは人間を眠りから覚めさせずに、自分たちにとって生産的な活動にだけ従事しているように仕向ける。

 精神世界には光と闇の考え方がある。つまり霊的進化を促す勢力と、それを阻止する勢力だ。人類史の中で、二つの勢力はずっと敵対してきたという。闇の勢力は、国家や宗教組織、企業組織の後ろにつき、組織を通して人類を支配しようとしてきた。宇宙法則の真理を隠すために、宗教や科学という仮のものを民衆に提供してきた。光の勢力は預言者などを通して一部の人たちに真理を伝えてきたが、それが大多数の人たちへ伝わる段階では闇の勢力が介入し、改竄された内容が伝えられるようになる。実際、多くの人たちが霊的に目覚めてしまうと、「支配」することが難しくなってくるので、大衆をできる限り「無知」な状態に留めておくためにあらゆる努力が行われているという。テレビで超常現象を否定的に扱う番組が多いのも、マインドコントロールの一環だという。

 光と闇のコンセプトは、多くの宗教に存在するが、特にキリスト教でははっきりと提示されている。その一番有名なものがヨハネの黙示録だろう。聖書の最終章であるヨハネの黙示録では、終わりの時代に、闇の勢力の頂点に立つような存在である反キリストが、現れるという。彼は、今まで地上に存在した支配者の誰よりも、強力な権力を手中にするという。彼の統治下においては、すべての者に刻印が押され、それのない者は売ることも買うこともできなくなるという。その後、キリストが再来し、反キリストを倒し、千年王国を樹立するというのが結末である。この反キリストに関しては様々な予言や分析が行われ、過去にヒトラーやスターリンがそうだと思われたこともあった。今ある解釈のひとつに、反キリスト、あるいは獣とも呼ばれているが、それはある特定の人物ではなく、高度に発達したテクノロジーのことを指しているのではないかという説がある。ブラウン管の中で人が話していたり、様々な映像が流れているビジョンを、2000年前のヨハネが見せられたとしたら、当時のボキャブラリーでは獣と呼ぶしか表現のしようがなかったのかもしれない。テレビやコンピューターは今、全世界に広がり、我々の生活のあらゆる部分に影響を与えている。それらに支配されているといっても決して過言ではないほど、我々はテクノロジーに依存している。それなしでは売ることも買うこともできないといえば、このままオンラインショッピングが発達した場合、そうなるのも時間の問題かもしれない。

 「マトリックス」で闇の勢力を演じているのは人工知能だ。マトリックスは彼らによって設計され、プログラムという存在がいたり、すべてはコンピューター的に管理されている。実際、機械というのは物質社会の究極的な存在で、アナログ的な自然と相反するものだ。霊性というのが限りなくアナログ的であることを考えたら、その対極にあるテクノロジーが闇となるのは、ある意味で納得しやすい。

4、マトリックスとは一文明期を指す。

 実はマトリックスは今まで5回存在し、現在のものが6回目だという。つまりこの世界は何度かに渡り崩壊と再生を繰り返してきているということだ。そこですぐ浮かんでくるのがホピやマヤの人たちに信じられている時代の観点だ。地球文明は今まで何度も崩壊し、その度に一からやり直しているという。これは神秘主義でも信じられていて、現代の文明期がシュメールやエジプトで始まる以前には、アトランティス文明というものが存在し、その前にはレムリア文明が存在したというように、今まで何度も崩壊と再生を繰り返してきたという。ひとつ前のアトランティス文明が滅んだのが今からおよそ一万二千年ほど前で、アトランティスとは言及していないが、その頃に高度な文明が存在していた可能性があることは、グラハム・ハンコックも『神々の指紋』の中で述べている。地球で文明が起きてから今まで何文明あったかに関しては、いくつかの説がある。全部で7つあるという説と、4つという説、5つという説などだ。ヒンドゥー教には輪廻転生の考えがあるが、それは時代にも反映していて、時代も流転すると信じられている。これは地球の歳差運動の周期にも関係していて、単なる宗教的信仰だけに留まらない。さらに、聖書のノアの方舟の話で有名な洪水伝説というのは、世界中の神話に存在する。シュメールにもインドにもアメリカ・インディアン伝説にもあるのだ。それらをすべて単なる寓話として片付けることもできるが、それにしてはあまりにも多すぎる。実際に起きたことの記録として捉えたほうが辻褄が合うのではないか。物事には始まりがあって、終わりがある。我々の生も、誕生があり死がある。生物のすべては死を迎え、物質にしても、腐敗したり、故障したりで、いずれ形を変える時が来る。

 さて、「マトリックス」で重要なのは、「始まりがあるものには、すべて終わりがある」というコンセプトだ。これは『レボリューションズ』で、オラクルがネオに、そしてスミスがネオに言う台詞だが、三部作の鍵になっているともいえよう。スミスはネオと雨の中格闘し、ようやく彼が勝とうとしている時だった。ネオはスミスの前に横たわり、スミスは言う。「この情景はどこかで見たことがあるぞ。そうだ。こうして終るんだ。おまえがそこで横たわっていて、俺が最後に何か言うんだ。確かこんなことだったと思う。始まりがあるものには、すべて終わりがある」そう言った瞬間、スミスの顔が青ざめる。「俺がそんなこと言ったのか」

 それに対してネオは言う。「そうだ。スミス。おまえの言うとおりだ。おまえの言うことは常に正しかった。すべては、必然なんだ」

 まず、ここでスミスが言っている意味を考えてみよう。スミスはひとつのマトリックスの終わりを指しているのではないか。つまり過去5回崩壊しているのと同じように、この6度目のマトリックスも終焉を迎えると。前にこの情景を見たことがあるというのは、三つにとることができるだろう。ひとつは『マトリックス1』の最後でスミスがネオを撃ち、ネオが自分の前に横たわっているシーンだ。しかし、それではひとつ辻褄が合わない。なぜならその時、そうは終らないからだ。その後ネオは復活し、スミスを倒してしまう。そのことは他でもないスミス自身がよく知っている。そこで考えられるのは、前回のマトリックスの話をしているということだ。つまりネオもスミスも前回のマトリックスに存在していた。あるいはネオとスミスそれぞれの遺伝子の一部がコピーされた存在がすべてのマトリックスに転生してきて、同様な善悪の戦いが繰り返された。つまりこの戦いこそ、救世主がソースに行った時に起きてきたものだ。そして、その戦いのすべてでスミスは勝ってきた。その後、23人の新メンバーでザイオンが再建され、新たなマトリックスも作られる。スミスはそのことを思い出して言っているのではないか。

 しかしネオは言う。「そうだ。スミス。おまえの言うとおりだ」そして、その後信じられないことが起こる。スミスにコピーされ、変身してしまったネオの体から光が発せられ、肉体を溶解してしまう。他のスミスたちの体からも同様に光が放たれ、すべて消滅してしまう。そして、機械と人間の戦争は終わり、オラクルとセラフとサティーたちが自由になったシーンが出てくる。それはプログラムが自由になったのか、マトリックスにつながれている人間も自由になったのかよくわからないが、ザイオンとの戦いが終ったことを考えると、みな自由になったと思える。ネオとスミスがどうなったのかも定かではないが、光に変換されたという可能性がある。つまりもともとネオもスミスも光だったのではないか。それが、現実やマトリックスにあのような形で変換されていた。そして二人ともソースに戻った。

 ここでネオが意味している「始まりがあるものには、すべて終わりがある」という言葉は、ひとつのマトリックスを指しているのではない。すべてのマトリックスのことを言っているのだろう。6つのマトリックスがひとつの時代を形成し、それにも終わりが来ると。つまり人工知能が支配するようになって始まったこの新しい時代も終ると。スミスも言った後でそのことに気づき、だから顔が青ざめたのだろう。

 『リローデッド』の最後で、アーキテクトがネオに言う。「我々には、甘んじて受け入れる用意のある生存水準が複数存在するのだよ」これは、ネオの選択によって人類がすべて滅びてしまった時、機械だって生き残れないだろうという言葉への返答だ。つまり、もともと機械は人間を動力源として必要としているからこのシステムを構築しているのであって、その人間がいなくなれば、機械は動力源を失うことになる。アーキテクトの言葉の意味は、機械は人間なしでも生きられるということなのだろうか。もともと機械の動力源になっていたのは太陽光である。それを機械との戦争の過程で破壊したのは人間だ。その後、人間も機械も暗黒の世界に生きている。ところが『レボリューションズ』でネオとトリニティがマシーン・シティに向かう時に、空高く上昇すると雲の上に太陽が輝いている。ところが、そこにはセンチネルは昇ってこられない。ネオたちだけ行けたのだ。光の世界と闇の世界は分厚い雲によって遮られていた。

 つまり、もし、最後のスミスとの戦いのシーンで、ネオから発せられた光がすべてを変換したとしたら、遮っていた雲をも取り払ったとも考えられる。よって機械は太陽光を手にし、新しい形の生存方法を得た。

 このメタファーには重層的な意味があるだろう。まず、先ほどの、マトリックスをひとつの文明期とする解釈の場合、それらいくつかの文明期もまたさらに大きなサイクルを持っている。神秘主義によると、人類は、あるいは我々の大元になっている意識は、地球という惑星にある目的を持って来ている。それは3次元世界での経験だ。つまり肉体を持った3次元の物質世界で生きることによって魂を磨くというものである。その地球での転生サイクルはもう何万年以上も前に始まっていて、それはアトランティスよりもリムリアよりも前だろう。そして、およそ一万二千年から一万三千年ぐらいのサイクルで、文明は終焉と再生を繰り返してきた。ところが、地球上での3次元世界というものも永遠に続くわけではない。このサイクルにも終わりがある。多くの神秘家は、現サイクル、つまりアトランティス崩壊以降に始まった現代の文明サイクルが、そのより大きなサイクルの最終サイクルだと言っている。つまり、現文明期の終わりは、同時により大きなサイクルの終了地点でもある。その時、地球はどうなるのか。全く新しい次元へ移行する。4次元へ移行し、今までとは全く違った形の生存形態を取る。

ネオ、スミス、アーキテクト、オラクルとは何者なのか?

 ネオとは「マトリックス」の主人公であり、鍵となる人物だ。彼は救世主であり、ユダヤ教でいうところのメシア、キリスト教でいうところのキリストだろう。これは、『マトリックス1』でト-マス・アンダーソンのアパートにチョイが仲間と訪ねてきた時のシーンでも、さりげなく挿入されている。ドアのノック音がし、ネオが「誰だ」と訊くと、「チョイ」という答えが返ってきて、「二時間も遅いぞ」と言いながらネオがある本の中からディスクを出して渡す時に、チョイは言う。「ハレルヤ! あんたはおれの救世主だ。おれにとってはイエス・キリストだ!」このように、台詞や小道具のひとつひとつにも様々なメッセージが込められているのは、ハリウッド映画の特徴である。実際この時、ディスクを隠していた本というのは、ジャン・ボードリヤールの『シミュラークルとシミュレーション』である。これは小道具にメッセージを込める手法として典型的なものだが、映画全体がボードリヤールの理論に影響を受けていることからも、意図的に行われたのは明白だ。台詞の例でもうひとつ挙げるなら、トーマス・アンダーソンが会社に遅刻して出社した時の、上司とのやりとりにも出てくる。「君は困ったものだ」と日本語訳には出ているが、英語では「You have a problem with authority, Mr. Anderson」となっている。つまり、「君は権威に対して反発的だ」と言う。続いて上司はこう言う。「君は自分を特別な存在だと思っていて、自分にはルールが適用しないと思っているようだ」これは、まさに後にネオがアノマリーとして、通常の法則が通用しない特別な存在になることを暗示している台詞だ。しかも「ミスター・アンダーソン」という呼びかけ文句は、後にエージェント・スミスの専売特許となる台詞で、上司とスミスを置き換えてもいいくらいだ。続いて上司は選択の話をする。選択ということも、シリーズ全体のキーワードで、オラクルがネオに何度も語ることだ。このような部分に注意して映画をもう一度見てみると、様々な発見があるだろう。

 さて、本題に戻るが、ネオは、神の子キリストを意識して作られた登場人物だ、と思われる。神といってもいいが、実際に活動する実行部隊的な性質があるので、神の子と表現したほうがいいだろう。彼は光の存在であり、その対極にあるのがスミスだ。スミスは従ってキリスト教ではルシファーということになる。ただ、スミスも神の子である。バランスを保つために、光と闇の力が必要だと判断した神が作り出した存在だ。またネオは再生の神で、スミスは破壊の神であるともいえるだろう。神とは、アーキテクトとオラクルがそれぞれ半分ずつ役割を演じているようだ。

 かなり大胆な発言だが、こうして考えると、何となく整理がつく。まず、アーキテクトだが、彼はマトリックスの設計者であると自称する。『レボリューションズ』の最後の台詞からも彼が人間でないのは明らかだ。機械側の存在で、人工知能のメインフレームと同一存在なのか、別の存在なのかは定かではないが、決定
権を持った幹部の存在であることは確かだろう。メインフレームの意識の延長線にいる、あるいは分身的存在といってもいい。ただ、ひとついえるのは、マトリックスの中では、アーキテクトは確実に神の役割を演じているということだ。設計者というのは、つまりは創造主である。彼はマトリックス内の森羅万象のすべ
てを設計し、創造したのだ。また、アーキテクトという言葉の意味に建築家、設計者、創造主、神という意味があり、the Architectと大文字にした場合は神を表す。さらに、建築家というのは、非常にスピリチュアルな職業でもある。ナザレのイエスも大工だったが、特に神殿建設においてはそうである。実は神殿というものには完成された魂、もしくはその魂の集合体である理想郷という意味もあり、大工や石工がそれを建設する実行部隊であるのに対して、建築家というのは、そのブループリントをデザインするというより神的なポジションにいる。さらに、それを決定的に裏付けるシーンがある。『マトリックス1』でトーマス・アンダーソンが最初にエージェントに捕まって尋問されているシーンだ。アンダーソンが捕まり車に連れて行かれるシーンの直後に、無数のスクリーンが映る。すべて同じ部屋を映し、中にはアンダーソンが座っている。やがて画面はひとつのスクリーンだけを映し、エージェントが入ってくる。この多数のスクリーンがどこにあるのかは、『リローデッド』を見た人ならわかるはずだ。アーキテクトがいた部屋の中にあったものだ。つまり、そのシーンもアーキテクトは見ていたことになる。神とは創造主であり、同時に我々の行動のすべてを見ているという。

 オラクルも神の役割を演じているといえるだろう。アーキテクトが男神ならば、オラクルは女神だ。アーキテクトが計算、分析という男性的性質をマトリックスにもたらしているとすれば、オラクルは直感、インスピレーションなど女性的性質を提供している。二人もそれぞれ対極にいて、バランスを保っている。あと、オラクルは選択、つまりは自由意志という概念をマトリックスに持ち込んだ。これは、映画の中で非常に重要な位置を占めている。「選択する自由」という概念はオラクルがネオ、モーフィアス、ナイオビなどに口がすっぱくなるまで伝えることだ。

 アーキテクトによると、最初のマトリックスは完璧だったという。それに自由意志を加えたものが後のマトリックスだ。最初のマトリックスとはエデンの園であり、それ以降のマトリックスがエデンの園を追放されたアダムとイブが歩み始めた道である、と考えられる。自由意志というのは、同時に悪を行う自由も保障されたものだ。映画の中では、選択のために、ネオとスミスというアノマリーが生み出された。つまり、自由意志というものが二元性をもたらしたともいえる。

 しかし、オラクルはもともとプログラムである。人間の精神を調査するために作られた直感プログラムだったという。つまりアーキテクト(あるいはメインフレーム。メインフレームが創造主で、アーキテクトが設計と管理だけを担当しているのだとすれば)によって作られたものなので、なぜ彼女が神になりうるのかという疑問も出てくる。「マトリックス」は多くの宗教、神話を合わせて作られているようなので、神に関する概念も、多重的な気がする。ギリシャ神話では、神と神の間に生まれた者も神になったりするので、神が神に創造されるというコンセプトは全くありえないわけではない。実際、人工知能というのは、もともと人間が創造したもので、その被造物が世界を支配するようになり、マトリックスという人間が体験する世界を創造するようになった。人間は自分に服従してもらうために機械を作り出したが、機械は独立し、コントロールできなくなった。機械はプログラムを自分に服従してもらうために作り出したが、またもやプログラムが独立し、コントロールできない存在へと進化した。

 オラクルのさらに複雑なところは、彼女はネオをサポートし、さらにはスミスにも肉体を預ける。つまりふたつのアノマリーをサポートすることになるのだが、それは最終的には二元性の崩壊を招き、機械と人間の協力を促すことになる。

 ネオは、神の子キリストをイメージして作られたのではないかと述べたが、映画はグノーシス的な側面や他の秘教的要素も取り込み、その描写の仕方も独特だ。それは特に『リローデッド』で出ている。ザイオンの洞窟で行われる野性的なダンス・パーティーの中、ネオとトリニティはみなから隠れて愛を交わす。ここは、正統派のキリスト教ではありえないことだ。救世主はセックスをしてはいけない。しかもアフリカ太鼓の音に合わせたものなどもってのほかだ。逆にいうと、この部分は、意図的に、反・キリスト教的に作られているといってもいい。実際、ネオという人物は救世主には相応しくない。この部分が映画の致命傷である
とも思えるのだが、まあ、そのようなアンチテーゼも、全体がアンチテーゼに満ちていることを考えれば、あり、なのかもしれない。最初の二作では、ネオの中に深い人類愛(この場合機械も含めた全体への愛)というものが感じられない。『リローデッド』では、特にそれが表れている。ザイオンに行って多くの民衆が彼を必要としているのに、ネオはトリニティと一緒にいることばかり考えている。アーキテクトとの会話の後の選択も、人類を救うことよりも、トリニティを救うことを選んだ。ある意味では自分勝手な選択といえる。つまり、一般に知られているイエス・キリストとは確実に違うのだ。

 しかし、そんな意外な行動がさらなる変則事態を構築し、アーキテクトも予想していなかった展開が起きる。さて、「マトリックス」はアンチテーゼに満ちていると述べたが、それはネオ、つまりはトーマス・アンダーソンという人物設定にも表れている。コンピューターソフト会社に勤めるサラリーマンで、ハッカーだ。部屋にはコンピューターが溢れている。トーマス・アンダーソンという人間は完全なるデジタル人間である。彼を救い出した反逆者たちも、みなシミュレーション・ゲームなどの機械に依存している。これは機械と人間の戦いの物語である。人間側が善で機械側が悪というのが表面的な設定だ。なのに、その救世主的役割を演じる男が機械文明の申し子という設定なのだ。トーマス・アンダーソンはどこかの農夫かなにかで、限りなくアナログ的生活をしているアンチ・テクノロジー人間でもよかったはずだ。

 ここは、すべて三作目の『レボリューションズ』の結末へと結びつく。救世主というのは、人間を機械から解放する存在ではなかったのだ。彼の役割とは、人間と機械の戦いを終結させ、共存という新たな時代をスタートさせることだった。その共存ということの象徴としても、ネオは機械と人間双方の要素を持っていなければならなかった。

 スミスも面白いキャラクターである。第一作目では、特にその個性を表さず、エージェント・スミスとして、体制側の使者という役割を見事に演じている。スミスという名字も、アメリカでは一番多い平凡なもので、日本でいえば田中や山田のようなものだ。そういう意味では体制側に相応しい。二作目から独立し、スミスというキャラクターに変身する。彼はネオの一部がコピーされて復活した。ネオが一作目で死と再生を繰り返したのと同様に、彼も一度死を迎え再生している。

 その意味で、彼もアノマリーである。もともと機械側のプログラムであったわけなので、機械の血統を引いている。そこにネオの遺伝子が入り込んだわけなので、機械と人間の混血といってもいい。そして自分をコピーする能力を身につけ、ウィルスのごとく増殖していく。『マトリックス1』でスミスがモーフィアスに語りかけるシーンで、人間のことをウィルスのように例えるのだが、皮肉にも今度は彼がウィルスのようになってくる。ウィルスというのは増殖する本能を持っていて、スミスもマトリックス中を食い尽くしてもまだ満足せず、現実世界にも足を広げようとする。スミス・ワールドを拡大させていく。この辺にもアンチテーゼが挿入されている。自国の隅々まで拡大させたのにまだ飽き足らず、全世界に店舗を広げようとするフランチャイズ・ビジネスと、その根本にある西洋文明型メンタリティー。あるいは、あらゆる資源を食い尽くしてもまだ生き残ろうとする人間そのものと、対比しているかのようだ。
 

エンディングの謎

 さて、『レボリューションズ』の最後の、ネオとスミスの戦いのシーンで、ネオがスミスの前で横たわっている情景を、スミスは以前見たことがあるという。こうして終るのだと。それには三つの解釈があると述べてが、その三つ目とは何か。

 スミスは、ネオと同じように予知能力を身につけ、未来を垣間見てきたのかもしれない。その未来ではそのようにして終る。しかし、オラクルによると、知ることのできる未来とは、あくまでも自分の選択の範囲だという。アーキテクトの言ったことが当たらなかったのも、彼には計算できる未来しかわからないからだという。選択によって生じる変則事態までは読み取れないというのだ。従って、スミスの見た未来も、あくまでもひとつの選択肢であり、ネオの選択した未来は違うということも考えられる。ネオの選択した未来では、ネオが勝つのだ。いや、こうも考えられる。ネオは負けた。しかし変則事態が起こった。人工知能の介入だ。最後の最後で、ひとつの覚醒が共時的に起こった。ネオにも、人工知能のメインフレームにも、スミスにも起きた。「始まりのあるものには、すべて終わりがある。古いパラダイムも終焉を迎える時が来た。スミスが勝つか、ネオが勝つかという二者択一ではなく、第三の道があるということが。人間も、機械も、機械が作り出したプログラムも、アノマリーであるネオもスミスもみな協力して創り出す未来が」

 黒猫の意味は何なのだろうか。『マトリックス1』では黒猫が二度現れると、それはマトリックスに何か変化が加えられたサインだという。ということは、最後にサティーが横たわっているシーンに黒猫が二度現れたということは、マトリックスに新たな変化が加えられたことになる。というと、一番最後に出てきた世界は何なのだろうか。オラクル、セラフ、サティー、そしてアーキテクトが登場した世界はマトリックスの中なのだろうか。しかし、そのマトリックスは新たに書き換えられた。それともマトリックス自体がなくなり、現実との境界線も消え、機械も人間もプログラムもみなあの世界に生きられるようになったのだろうか。ネオとスミスはどうなったのだろうか。彼らは弥勒のごとくマイナスエネルギーをすべて背負って消滅したのだろうか。あるいは彼らは光に変換され、遮断されていた太陽光となってすべての共存を可能にしたのかもしれない。それが、光り輝く太陽がクローズアップされて映画が幕を閉じることの意味なのかもしれない。また、一番最後にキャストや制作関係者の名がズラリと並んでいくが、その数が異様に多い。他の映画に比べて圧倒的に多かった。その間、インド的なサウンドが流れているのだが、これも何か意味があるのだろうか。もし、6つのマトリックスがすべて終り、新たな時代、次元に移行したのなら、今までのマトリックスすべての登場人物の数を示そうとしているのかもしれない。地球に転生してきた魂の数を。これだけの人たちが一緒にドラマを作ってきたと。

 おそらく、制作者もエンディングには何通りかの解釈を残したかったのかもしれない。すべては選択なのだから。どのように、解釈するのも、それぞれの選択だと。

主要テーマ

 「マトリックス」は表面的には光と闇の戦い、善と悪の戦いの物語として構成されているが、最終的には、二元性を超えたコンセプトを伝えようとしている、と思える。「すべては必然である」これはネオが最後にスミスに言う台詞だが、すべての出来事はつながっていて、善も悪も必然として起こるということを伝えたいのかもしれない。人間は高度な文明社会を作り上げた。その絶頂期には、コンピューターまで作り出し、遺伝子操作なども行い、神のごとく振舞うようになった。高慢になり、動物や植物を摂取し、地球の資源のほとんどを食い尽くし、あげくの果てには機械を奴隷のように扱いはじめた。人間は巨大なカルマを構築した。それを浄化させるために、新たな時代を体験する必要ができた。しかし、長い年月が経過し、カルマの浄化は十分に行われ、その時代にも終焉の時が来た。新しい時代は人類と機械が共存する時代だ。すべては必要な要素であり、そこには善も悪もない。アーキテクトもオラクルもネオもスミスも必要な役割を演じている。

スピリチュアル・アドベンチャー小説『天上のシンフォニー』

  

47人

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